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「じゅん文学」BBS

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たまさん、ご批評ありがとうございます。 大倉克己

2018/11/09 (Fri) 18:18:11

たまさん、「村の遊び日」への批評ありがとうございます。BBCを時々見ていますが、私の作品に段々、近くなってきましたので、その内たまさんから鉄槌が下されるのだろうと内心ビクついていました。
 
天明6年に設定した理由の一つは、私が最初に見た若者組禁止の触書が天明5年に発令されていたので、このあたりの天明6年にしてしまったと記憶しています。安易にし過ぎたと反省しています。
天明6年のことですが、「天明の飢饉」の最悪時の2年後くらいのことになると思います。文献(菊池勇夫)は、天明の飢饉は餓死人を大量に出したという狭い意味では、東北地方を中心とした飢饉であると言っています。とは言っても、尾張藩では飢饉やその影響が全くなかったわけではありません。名古屋市史によれば、天明の初期、尾張藩は各所で治水工事を行っており、この治水工事(工事労働に対して、米銭が施された)が天明飢饉に苦しむ窮民の救済策としても有効であった、とあります。これは、尾張藩でも東北地方ほどではないにしても飢饉があったことと同時に、窮民は餓死もせず最低限の生活を維持していたことを示していると思います。それにしても、全く太平でも無い時期に遊び日だの余裕のある生活などを持ち出すのは、たまさんの言われるとおり相性が良くないと思います。たまさんのご指摘に賛成です。次からは、もっと気を付けます。
「若者組はいらない」という百次郎のセリフに幸助たちが反応しなかったようにしたのは、相談の初めは村役人間の話合いだけにしたかったからです。

 以上、たまさんの批評への答えになれば幸いです。
なお、遅くとも100号までには、娯楽的時代物を一つ書くつもりです。たまさんからのまたの批評を楽しみにしています。

無題 門倉まり

2018/11/09 (Fri) 07:34:01

たま様へ

たま様、ご批評ありがとうございました。
びっくりさせてごめんなさい。

私も爽やかな小説が書けたらなあと思います。明るくて、ほんのりと温かみのある、人様によい読後感を抱かせる、日の当たる場所に存在するような作品に憧れます。

でも、私は悩める魂と人の業、残酷さを書きたかったのです。追求したかったのです。何のために? 自分でもよくわかりません。きっと変わっているのでしょう。

この短編は今後書く予定の小説のデッサンとして書きました。おっしゃる通り、テーマを絞らず、凹凸なく全般が浅彫りです。大きな失敗はたま様に主人公が救われたと思われてしまったことです。主人公は懺悔したぐらいで救われていません。死ぬまで一条の光を探して生きなければなりません。

しかし、ひとりではない、亡き老神父が見守ってくれている、と確信できたところで終わっています。世代を超えて延々と繰り返される母と娘の問題もそのままです。人類が死に絶えたらこのような問題も終わるのでしょうね(笑)

生きている限り、考えねばならないことが次々に提示されます。本当はしんどくてイヤなのですが、悪い頭で考えてみようと思います。書きながら。今後ともよろしくお願いします。

たま様の批評は誠実で心に届きます。
読んで下さってありがとうございました。

97号の感想(4) - たま

2018/11/08 (Thu) 21:01:52

■「不良信徒の行く末」(門倉さん)

ぎっくり腰の話題から始まる文章をエッセイ風小説かと思いながら読み進めていたところ、途中で急にドロドロした人間関係の話題に切り替わってびっくりしました。
ぎっくり腰や老いの話題とセットになっている「主はいつも共にいて見守っている」と、家庭問題(特に母・娘の不和)とセットになっている「罪の赦し」の二つのテーマから構成されていますが、短編で複数テーマを違和感なく書き切るのは難しいため、どちらかに絞った方がいいと思います。

ラストで主人公は懺悔によって救済されたようですが、この内容で読者の共感・感動を得るのは難しい気がします。主人公は長年ため込んでいた負の感情を吐露することで救われたかもしれませんが、家族関係で悩む相手に対して「命を大切にしなさい」「あなたの罪を赦す」といった当たり障りのないことしか言わない神父の言葉は客観的に見ると的外れで、縁のない読者の心には響きません。
聖職者が具体的な解決方法を提示する必要はなく、しかも主人公が頭の中で作った架空の人物像としてはある意味リアルですが、「不良信徒」の対極ポジションとしては役不足に感じます。(場合によっては、言葉を発しない方がいいかもしれません)

■「村の遊び日」(大倉さん)

江戸中期の比較的裕福な農民の暮らしと、心や時間の余裕を描いた作品で、村内政治の駆け引きや強盗を相手にした殺陣など、地方の歴史とエンタメをうまく組み合わせた内容が面白かったです。残されている史料を元に、ここまで物語として再構築できるものなのかと素直に感心しました。

ただ、天明六年は「天明の大飢饉」がまだ収束していない時期ですので、尾張藩も緊縮財政の真っ最中で、恐らく余暇に関する調整ができるような状況ではなく、また全国的に不作だったために収穫もあまりよくなかったはずです。史料の縛りはありますが、もう少し余裕のある時代にずらした方がいいと思います。
(見方を変えると、当時の御触書が厳しい内容なのも、押し込み強盗が頻発していたのも、飢饉や凶作に端を発した全国的な混乱が原因であると思われます。仮に当該地域は飢饉の影響が少なかったとしても、周囲から羨望や憎悪のまなざしで見られていたことになるため、作品のテーマである「心の余裕のある暮らし」とは相性がよくありません)

あと細かいところで、P.136の「若者組はいらない」という百次郎のセリフに、当事者である幸助たちが反応しなかった(描写がなかった)のが気になりました。

97号の感想(3) - たま

2018/11/01 (Thu) 20:25:39

■「風船虫」(徳山さん)

前作は大学の政治や新制度による混乱がテーマで、大学関係者ではない人に現場の実態を伝えるのが目的だったと認識していますが、本作はいったい「誰」に対して、「何」を伝える意図で書かれた小説だったのでしょうか。
申し訳ありませんが、一同人にすぎないわたしには作者の真意がまったく読み取れず、「主人公の火遊びに巻き込まれた奥さんや子どもが気の毒」というずれた感想しか抱けませんでした。

もし、一般の読者に「悲恋/悲劇として読んでもらいたい」と思って書かれた作品だったのならば、主人公たちに同情してもらう必要があり、二人が手を取り合って苦しい現実から逃げ出さなければいけない状況を出会い前から作っておくべきです。
(定年退職した裕福な主人公がネットにのめり込み、ギラギラした目で異性パートナーを探し求める姿はかなり滑稽で、ヒロインも夫や恋人と相性が合わなかったというだけで、同情すべきところが見つかりません)

一方で終盤に前触れもなく心中の話が出て、ほとんど躊躇なく実行に移していますが、死ななければならない状況だとは到底思えません。自死は追い詰められた者に残された唯一の選択肢であって、不義の恋愛を終わらせるための「お約束」ではありません。

(余談ですが、喜劇や悲喜劇は悲劇以上に難しく、想定読者を定めた上で笑わせるポイントをきちんと押さえて書かないと、ただの与太話として読者に受け止められてしまいます)

あと細かいところで、SNSに関する内容がかなり冗長です。特にヒロインと知り合うまでの話題(前半12ページ分)は大半が不要で、この内容ではヒロイン登場前に読み飽きてしまう読者も相当いるはずです。

Re: 97号の感想(3) 徳山

2018/11/04 (Sun) 21:28:47

たまさま、ご批評ありがとうございました。

前作は「大学独立法人化」という小泉内閣の大失政に抵抗して、70歳ほどで相次いで亡くなった同志三名に対する追悼の書です。同時に、「大学法人化」の是非を問う「歴史の法廷」への陳述書であり、「証拠の品々」を残す意味で書いた作品で、一般読者に是非を問うたものではありません。

さて今回の作品ですが、テーマは二つ;①一般にあまり知られていない「中高年SNSの世界の実態」を知ってもらうこと②その中でなぜ多くの人が参加するのか、それを知る手がかりがいっぱい詰まってるブログ「中高年男女の心の寂しさと愛と性の問題」を取り上げることです。
 まあ②は渡辺淳一さんの「失楽園」で代表されるテーマで、『「誰」に対して、「何」を伝える意図で書かれた小説だったのでしょうか』という質問には、「渡辺先生にもお尋ねください。一般読者に、なぜ受けたんでしょうね?」と回答しておきます。
 この作品は私が日ごろブログを書いてるSNS(会員数は10万人前後じゃないかと思います。参加者は50歳以上がほとんどで、割とまじめで、他のSNSが内紛でつぶれている中で、生き残ってます)で起きた実例やら、私の身の回りで実際にあった熟年離婚と再婚の実例の幾つかをヒントに創作しました。おそらく「たま」さんが考えている以上に、皆さん、お若いし、真剣で、切実ですよ。「食」と「性」は生きていく上の根源の問題です。
歴史上の有名な女性たちもほとんど「性」に対しては積極的でした。最近じゃ山尾志桜里さんなんかもかなり正直な方だと思ってますし、瀬戸内寂聴さんもそうですよ。「ギラギラとした」という表現はいかがなものでしょうかね。 性を不潔とした意味なら同意できません。「キラキラ」なら同意できます(笑い)。
 さて「風船虫」の前半の、SNSの内情を明かす部分が長すぎるのではないか?という指摘、全くその通りで、最後まで悩みました。SNSの事情を知らない読者に知ってもらうために残し、ネット社会のストーカーの存在をにおわせました。
 次に心中に至るプロセスが短すぎ、不自然であるというご指摘もその通りです。もっと自然に心中に至る心理描写を丁寧にしたかったのですが、「一回の掲載」の紙数におさめるために途中や最後を端折ったという物理的な要因と、筆者の筆力不足でしょかね。
渡辺先生の作品の中に登場する男女は生活にも困らない裕福な層で、一般の読者には「夢の世界の人たちの、夢のような物語」です。なぜ心中しなければならないのか、私には難しい渡辺先生特有の「愛の世界」です。一般論でいうなら「愛の昇華」でしょう。失楽園はじめ、渡辺先生の名作の中ではご指摘のような「約束事」がキチンと書いてあるんでしょうが、紙数の制限のない、羨ましい世界ですね。私の「風船虫」の中でも限られた紙数の中でそれらしきことは触れておいたつもりですが。
この作品では読者にもなじみやすい中流階級の男女が主人公で、生活のことも考えなければならない、せっかく手にした愛を逃したくないという、「年齢からくる焦り」のようなものを表現したかったのです。不義を終わらせるタメではなく「愛を昇華させる究極の形」と書いてますがね。文中にもそれらしき言葉を「明美」に語らせていますが、それを感じ取っていただけなかったというなら、筆者の「経験不足」と筆力不足でしょう。

Re: 97号の感想(3) - 爆笑マン

2018/11/04 (Sun) 22:24:37

たま 様
あなたの書き込みを見ると、ご自分のご意見を世の中の正論だ、みたいな表現をされていますが、単なるあなたの主観です。

『あと細かいところで、SNSに関する内容がかなり冗長です。特にヒロインと知り合うまでの話題(前半12ページ分)は大半が不要で、この内容ではヒロイン登場前に読み飽きてしまう読者も相当いるはずです。』
            ↑
この部分などは、典型です。
読み飽きてしまう読者も相当いるって、誰が言ってるんですか?
あなたの勝手な妄想ですよね。
せっかく徳山さんが、正しい方向に向かわれてるかもしれないのに、あなたの妄想に基づくミスリードで、間違った道を辿ってしまわれたら、どう責任を取られるおつもりですか?
せいぜい自分はこう思うが、どうでしょうか。というような書き方に改めるべきです。

もし、私の意見に反論があるならば、あなたの考え方を反映させた作品を書き上げ、プロの作家になってください。
作品が売れれば、あなたの考え方が正しいと証明されたことになるのでは。

合評会においても、残念ではありますが、このような妄想の押し付けをされる方を、幾人かお見受けします。(大半の方は常識的なのですが…)
まあ、上から目線の評論を同人誌に掲載されている方がいるのだから仕方がありませんが……(プロ気取りのご意見はお止めになって、素人ならば、謙虚に自分の腕を磨くべきです)

ただ、徳山様の書き込みを見て安心しました。ご自分の意見をしっかり持ってみえますね。
徳山様は聡明な方ですね。


お知らせ - 羽仁婦長

2018/10/29 (Mon) 17:59:43

昨日の例会、ご出席の皆様お疲れ様でした。前回は台風で中止になりましたので、久しぶりに大勢の参加で活発な意見が交わされ、良かったです。遠方からのご出席の方々も、お疲れ様でした。

 お知らせがあります。
来年「じゅん文学」創立25周年、創刊100号を記念して
祝賀会を行います。昨日の例会で出席者の皆様にもご賛同を頂き、次のように決定いたしました。詳細はまだ先の事ですので、年が明けてから順次お知らせいたします。取りあえず、日程だけでもお知らせいたしますので宜しくお願いいたします。

  2019年7月14日(日)午後6時

 日時が決まりましたので、皆様方の来年の予定に入れて頂け れば幸いです。
  何かと又、皆様方にご協力頂く事になりますが、宜しくお  願い申し上げます。

「くもの階段」 お礼 - 秋乃みか

2018/10/28 (Sun) 23:53:52

本日は「くもの階段」へのご批評をありがとうございました。その後の二次会でも皆さんに貴重なご意見、励ましをいただきました。参考にさせていただいて次の小説に生かしたいと思っています。批評していただいた後でいつもそう決心するのですが、能力不足でしょう、思ったようにならないのが口惜しい。限界に挑むというのは小説に関して有りか無しか。うーん難しい。

たま様へのご返事 - 飯田労

2018/10/28 (Sun) 13:34:42

読んでいただき有難う御座います

書かれました感想の事、確かにその通りですね。

ある女性に、作者の願望そのままの小説ね、と笑われました。

いつまでも恋心を持ち続けたい、という年寄りの足掻きでしょうか  (笑)

96号感想 たま様 - 楠 次郎

2018/10/28 (Sun) 11:29:07

「ゆらぎ」のコメントありがとうございます。写真が篠ひろ子似であった、と書こうか迷いました。そうすることでイメージが変わりそうで表現一つで読み方が変わってくることを今回知りました。またいろいろコメントください。ありがとうございました。

96号の感想 大倉様 - 楠次郎

2018/10/28 (Sun) 11:20:26

「ゆらぎ」のコメントありがとうございました。位牌の写真が篠ひろ子に似ていたので妻の亡霊を求めて飲み歩いていたと記そうと思ったのですが、やめました。安っぽくなるかなあと迷いまして。またいろいろご指導ください。

28日も休みますので、 大倉克己

2018/10/26 (Fri) 17:07:06

 都合により28日も休みますので、96号には一度も出席しないことになります。それで、先回に合評があるはずだった2作品について感想を述べます。このBBCに出すには恥ずかしいですが、欠席の埋め合わせです。


「ゆらぎ」

 いつもながら、この作品も実に軽妙に書かれれているな、と感じながら読みました。年老いた男同士の飲み屋での振る舞いがリアルで巧みに描かれています。物理用語の「ゆらぎ」をヒトの心理や行動まで適用させる筆力に感心しました。妻を亡くした高齢の友人が酔いつぶれ、その友人を高齢の主人公が介抱するところが、ほろ切なく書かれていて印象的でした。高齢者の私も、そのほろ切なさを共有させていただきました。


「くもの階段」

 先ず、これは十和子の半生と親類を克明に書いてあるばかりで無く、親類愛をもの凄く感じさせる作品だと思いました。
 伊那の自然を背景に、十和子が親類の叔父の光男に幼い恋心を抱きながら、高三までの家での生活や学校生活を送っている間の心理や状景が上手く書かれています。光男の結婚や結婚相手に拗ねる十和子の行動や心理の描写もとても良いです。
 十和子が高三の年末から東京に行き、親類の家を訪れる。この時の親類の一生懸命生きている生活ぶりも良く書かれているばかりか、親類の人の伊那時代を含めた過去を適切に織り込んであります。東京にいる間、一家全員が或る宗教を信じている千代伯母のところで、作品の主題に関係ある歌とか東京タワー登って、そこから落ちる夢を見る。この設定(事実かな?)も素晴らしいです。
 終わりの8,9ページは十和子自身の結婚から子の誕生、夫との死別、孫のことなど自分史のようです。それでも光男のことを含めて親類の人のことを忘れないで丁寧に書いています。私はそれに親類愛を感じました。
 作者がどうして「雲」を「くも」にしたか、読み取れませんでしたが、どうして「くもの階段」にしたか考えました。水平に行くことは現世に生きることで、雲の階段を登ることは天国に行くこと、つまり死だと言っていました。作者は死んだ親類の人がどうして死んだかをいくつも取り上げています。それは、最期の時まで人の存在を認めようとする、つまり、どんな人の人生も肯定しようとする作者の気持ちの表れかな、と私は思いました。

 以上、後で自己嫌悪に陥るかもしれませんが、感想を提出しておきます。

Re: 28日も休みますので、 - 秋乃みか

2018/10/28 (Sun) 10:35:37

長年を同志として共に歩んできた大倉さん、深く読み込んでくださっていてありがたく思います。
タイトルの雲をくもにしたのは見た目のやわらかさと、かの有名な「蜘蛛の糸」を意識してのことです。作品の中で触れなっかったのをちょっと後悔。
さて、世間の波間を泳ぎぬけ、まな板の上の鯉になろう。恋する心をとっくにどこかに落として来てしまった私が、いざ行かん。


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